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かれこれ

 投稿者:  投稿日:2016年 2月20日(土)22時36分0秒
  約1年ぶりとなりますが、久しぶりに書き込みを。

どうにも、体の調子が良くないと感じ、病院に行くと鬱だと診断を受け、早いもので1年が経ちました。これが厄介な病気で、まだ通院を続けています。

こうして書き込みが出来るようになったのも、少しずつ回復してきたからだと思います。どん底のときは、書き込みをしようとも思いませんでした。

おおっぴらに本音の書き込みが出来るのも、この場所だけだと思うので、何とか存続して欲しい次第です。






 
 

近況

 投稿者:  投稿日:2015年 7月12日(日)15時27分30秒
  勤務地が品川に移りました。自宅も引越して品川に。
さらば調布。
 

追伸

 投稿者:  投稿日:2015年 2月24日(火)21時31分44秒
  と、意味深な書き込みをしたが、今は騙し騙しで現状を維持してるので、切羽詰まった状況ではないです。

何というか、自分の人生、楽しいことあったかなとぼんやり考えていたら、思い出したのが青雲時代とフットサルをしてたときのことで、やっぱりあの頃は楽しかったんだとノスタルジックな想いに浸っていたのです。

たぶん、この掲示板では一番本音を話していたと思います。気兼ねなく一人言も言えるしね。そんな場所が無くなるのは少し悲しくもありつつ、書き込みをしました。

まあ、また元気になったら書き込みをしにくるし、皆も気が向いたら近況なり、愚痴なり、書き込みをして欲しいと思います。


 

報告というわけでもないんだが

 投稿者:  投稿日:2015年 2月24日(火)20時50分32秒
  夏から秋にかけて、色々悩んでいると書き込みして早5カ月。あっという間だった。

その間、自分が何をしてたかというと、、、話しにくいことなんだが、病気してた。悩み、ストレスが溜まりすぎたせいか、体も心もボロボロになり、いよいよ限界だってときに病気に気付いたよ。

今も通院をしていて、たぶん、ここに書き込みをするのはしばらく無いだろうなあ。それが気がかりで書き込みをしてみた。別に命に関わるビジネスではないんだが、自分が知らないうちにこの掲示板が無くなるのも寂しいと思い、挨拶がてら書き込みを。

皆もそろそろおっさんなんだから、健康には気を付けて。それではしばしのお別れを。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2014年 9月26日(金)00時32分32秒
  相変わらず、徒然なるままに書き込みを。

少し前に、今、人生で一番悩んでいると書き込みましたが、結局、答えは出ぬまま過ごしています。皆は、理想と現実のギャップに苦しんだとき、どうしてますかね?

そのままを受け入れなければという現実と、変わりたいという理想の中でまだまだ悩んでいたりします。答えはないと分かってはいるんだがね、うじうじ悩んで、苦しみながら、そんな自分に酔っているところがあるのでは?と、自分のナルシストな一面を感じつつ暮らす今日この頃です。

と言いつつ、学校は始まるわけで、現実に直面して、ハッと我に返ったのが今日であったりします。うーむ、何だか気持ち悪い文章を書き連ねましたが、要するには現実をもう少し見ようと思い立った記念に書き込みをしてみました。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2014年 8月22日(金)21時25分17秒
  何だかステマみたいになったので、感想がてら、冨樫倫太郎の軍配者シリーズのことを。

軍配者シリーズは、三部作になっていますが、多分に創作の要素が強いと思います。同時期に足利学校で学んだ学友が北条、武田、上杉に分かれて軍師になるって流石に出来過ぎの話だろう…と思うわけです。でもそこは小説の魅力でもあるわけで、読み物として面白かったというのが率直な感想です。

一番感情移入をしたのが山本勘助です。軍師として名前だけは知っていましたが、実はその存在自体も怪しく、小説の中では「本物の」勘助は物語の序盤で死んでいるという…しかし、生き残った勘助は苦渋を嘗めてながら生き続け、最終的には信玄の軍配者として活躍をし、軍配者としてだけではなく、人間としても幸せを得ます。小説のタイトルは謙信をメインに進むはずなのに、信玄側の動向にも多くのページが割かれていて、タイトル詐欺じゃねーかと感じつつ、泣きながら読んでいました。

先の書き込みで謙信の生き方が理想だと書きましたが、小説の中の勘助の生き方も自分には応えました。学問のために命をかけられるか、自分には出来そうにりません。ただ、そうありたいと思う次第です。

 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2014年 8月22日(金)20時58分46秒
  掲示板の存続危機を感じ書き込みを。

最近はこれまでの人生の中一番ぐらいにでも悩みに悩んだ日々を過ごしてました。自分は教員としてやっていけるのか、研究者として独り立ちできるのか…悩みに悩み、全てを投げ出して、禅寺で数ヶ月修行しようかと真面目に考えました。もしくは、実家に引っ込もうと親にも相談しました。

というわけにもいかず、鬱々した日々をしていましたが、何となく読み始めた冨樫倫太郎氏の軍配者シリーズを読んでいたら、何故か吹っ切れました。謙信こと長尾景虎の生き方は自分の理想だと思いました。と同時に、こんな人生はとても出来ないと思いました。自分の理想だけを追い続けられる人は強いですな。そんな人間にはとてもなれそうにありません。

で、何を悟ったかというと、この先も自分は理想と現実に苦しみ続けるだろうってなことです。でも、悩むのは悪いことではなく、悩み続けるのも自分だろうと思いました。現実には、授業でも、論文でも社会の役に立つことを発信しなければならない、とは思いますが、理想を追い続けることをやめたら、学者としては死んでると思う次第です。

と、何だか臭いことを言いましたが、ま、これからも変わらずにいこうということですな。こんな簡単なことに気付くのにえらく悩んだ気がしますが、無駄ではなかったと思います。

うーむ、学生みたいなことを語ってしまったのだが、30を迎え、こんなことを真面目に考えてました。みんなは悩まないだろうか。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2014年 3月20日(木)19時50分38秒
  最後に、日本の研究でいい加減だと思われる部分を書いてこの話は終わりにしたいと思います。最後とばかりに言いたい放題書いています。

まず、日本には、引用の仕方に関して、明確なルールはないと感じます。この点は本当にいい加減だと常々感じます。という疑問を感じ、一時期、引用の仕方等、自分で調べ、先輩方にも相談し、自分なりのルールを作りました。幸い、自分の先輩に引用方法がかなり厳格な方がいらしたこともあり、色々と相談することが出来ましたし、また、自分なりに外国の文献の引用の仕方も参考にしました。

それでも、自分のやり方が正しいか不安になります。失敗したなと感じることもありますし、後悔もします。そのため、指導の際には、学生さんの論文の脚注にも目を通します。不適切な引用には指導し、直すようにと言います。怪しい部分は、直接、自分で文献に当たります。それでも、直らない場合が多くあるのですが・・・

大学のガイダンスでは、こうした指導をしないことも分かっているので、年度の始めに論文の書き方を指導する時間を取っています。でも、あくまで我流なので、全国的に統一的なルールを作って欲しいとも感じていました。

国際化を言うなら、論文に関しても国際的な水準を満たすような統一的ルールを作るべきだと思います。よく、引用のやり方は指導教員に委ねると言われますが、こうした態度だから今回のような事故が起こると思う次第です。今回のことは、ある大学の特殊な事例で済ませてはなりません。これを機に大学での研究の在り方を見直すべきだと思います。

と、ぺーぺーの人間でもこのように思う次第です。ようやっと学生の指導にあたるようになったひよっ子ですが、学生の指導に熱心になれない教員は、研究にも誠実なれるのかと、騒動を見ながら疑問に感じました。

 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2014年 3月20日(木)00時04分9秒
  研究のことを書いたので続きを。あの問題は色んなところに飛び火し、大学の学問研究とは何ぞや?みたいな話も出てきています。

自分は、研究って自分で設計書を作ったプラモデルや模型みたいなものだと捉えていて、締切以外に苦痛は感じたことはありません。だからこそ、他人の論文を盗用する意味が分かりません。むしろ、自分はおっちょこちょいなので、他人の論文を正確に引用出来たか不安になります。他人の論文を丸々写して何の意味があるか、理解し難いです。

自分で設計図を引いて、パーツを集めてみて、素材が思ったよりも集まらなかったら設計図を書き直して、またパーツを集め直して・・・を繰り返し、思考錯誤しながら、頭の中にあるものを組み立てていくのが楽しいのに、その楽しみを放棄してしまうってのが分かりません。もちろん、設計してみたものの、まるで形にならず、ボツになった設計図や素材もたくさんありますが、ボツになったものを他に活かしてみるのも、また違った楽しみがあります。

特に、はじめにに当たる部分は、自分の論文のウリを紹介するところで、一番の腕の見せどころだと思います。一番気をつかいますし、頭を悩ませますが、最も自分のことをアピール出来る部分です。それを他人から持ってくるなんて、想像し難いです。

自分は何であれ、何かを作るのが好きで、その部分で研究は肌に合っていると感じる部分があると思っています。だからこそ、と考えることがあります。

今回の件でも、自分の書いたものが盗用と見られないように気を付けなくてはならないと感じますが、根っこの部分、つまりは何故盗用したのかというのは、自分には理解し難く感じました。怒り以前に全く理解が出来ないのです。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2014年 3月15日(土)00時48分49秒
  寝付けなくなったので書き込みを。最近は色々な締切やなんかに追われ、なかなか余裕がなくなってます。○よ、声かけてもらったのにすまぬ。

さて、今日は研究者、研究って何だろうって話を。最近、ある研究が話題になってますね。時事ネタに突っ込むのは危ないと承知のうえ、切り込んでみます。

自分も他の方の論文を読んでいて、おや?と感じることがあります。おそらく、自分のものも、他人が読んだら、同じように感じる部分があるでしょう。

それだけに、論文を書くには慎重にならなければならないと身を引き締めました。ただ、一つ言えることとして、今回の騒動は、流石に、文系の人間から見ても言い訳出来ないと感じます。

文系と理系では、やっていることも大きく違うと思いますが、理系では、実験結果、データという客観的なもの、少なくともそう思われるものを論拠に論文を組み立てていくと思います。文系でも、論文は客観的であれと聞きますが、自分の論文を見返してみて、主観を排した客観的な論文が書けたのか不安になります。過去に、後輩と議論しましたが、答えは出ません。この辺り、理系畑の○に話を聞いてみたいですな。

この不安があるかぎりは大丈夫だと自分に言い聞かせていますが、いつか、この不安を感じなくなる事態になったら・・・と恐くなります。他の論文の丸写しはあり得ないとしても、海外の論文を自分の都合のいいようにまとめていないものかと。

と、最近の騒動を見ながら、こんなことを思いました。はっきり言って、今回の騒動を擁護する気は全くありません。日本の、しかも同年代の若手の研究者の質を疑わせる、とんでもない事件です。しかし、論文不正の問題は根が深く、自分も他人事ではないと気を引き締める次第です。

で、何が言いたいかというと、研究って何だろうと改めて考えさせられたということです。特に文系では、直接的かつ即時的に生活に影響があるような研究は難しいですが、それでも、少しでも社会が良くなればという思いもあるわけです。生活に役立ちそうなものに飛びつきたいような思いもありつつ、論文の意味をいつか誰かが評価してくれればいいという諦めにも似た思いも一方にはあるのです。

と、こんなことを最近は考えていました。

 

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