投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助動画検索画像・ファイル<IMG><OBJECT>タグが利用可能です。(詳細)
    
  ファイル1
  ファイル2
  ファイル3
アップロード可能な形式(各1MB以内):
画像(gif,png,jpg,bmp) 音楽(mmf,mld) 動画(amc,3gp,3g2)

 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.>趣味 ] [ 検索 ]

投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

[PR] 内職アルバイト 不動産投資 岐阜の求人・転職  物流コスト
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ teacup.コミュニティ ] [ ブログ ] [ チャット ]

全1000件の内、新着の記事から100件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 

アルノー式3

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月18日(土)23時36分44秒 sechttp625.sec.nifty.com
  機関車の構造はどうも2種類あったらしいのですが、
写真と図に示した機関車は4気筒式で、
左側動輪を専門に駆動する2気筒と
右側動輪を専門に駆動する2気筒とが
完全に独立してました。
自動車で言うと、左車輪用エンジンと右車輪用エンジンを別個に持っていて、
アクセルも2つあるようなものです。この機関車にデフギァに類するものは持ってません。

想像ですが、直線や普通の曲線では、左右2つの動力群が均等に出力するよう、
逆転機やスロットルに目盛りが付いていて、それに従い
急曲線(この鉄道では終端ループの一箇所のみ)では左右の動力をうまい具合に?操っていたんじゃないでしょうか。
 

アルノー式 #3

 投稿者:野村欣司  投稿日:2006年11月18日(土)23時26分53秒 ZT238169.ppp.dion.ne.jp
  久しぶりの「パリ-シゾー鉄道」ネタですね。
いっとき、取り付かれたように検索しまくりました(笑)。

参考HP(もちろん仏語)です。
http://chateaufort78.free.fr/boullay/cdf.html
終着駅における例のR30曲線線路の銅板画もあります。


二伸。貴重な内フランジ機関車の別カット写真、見られて嬉しいです。
 

土木画報1925〜1927

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月18日(土)23時22分25秒 sechttp625.sec.nifty.com
編集済
  先日玉電ビルの書き込みで出した"土木建築工事画報"を見てみました。
http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/index.html
資料が膨大なので、今日は1巻(1925年)〜3巻(1927年)迄です。
私の家が東京なので、どうしても東京近辺の資料に偏りがちですが、それで良しとしました。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/01-02/01-02-0031.pdf
↑(1925年3月)中津川発電所工事用ケーブルカー。曲線の所にワイヤーのはみ出しを防ぐプーリーが林立してます。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/01-03/01-03-0061.pdf
↑(1925年4月)2ページ目にジュフェリーみたいなのが、うじゃうじゃ(3台以上)います。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/01-07/01-07-0163.pdf
↑(1925年8月)東京〜神奈川の二子橋。「玉電が横浜まで計画」のようにフカしてます

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/02-03/02-03-0257.pdf
↑(1926年3月)国鉄下河原線完成時の写真。私が訪問した1960年代にはまだ多少の線路が河原に残ってました。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/02-08/02-08-0335.pdf
↑(1926年8月)九州若松の石炭荷役。4ページ目の貨車ごと吊り上げが豪快です。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/02-12/02-12-0411.pdf
↑(1926年12月)箱根国道の自動車通行可能。2ページ目、左下写真は箱根登山鉄道の有名な橋。今日とほとんど同じですが、工事以前は国道は線路を踏み切りで渡っていたそうで、これは大変な急坂になるはずです。昔の自動車での坂道発進は難儀したはずです。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/03-03/03-03-0458.pdf
↑(1927年3月)大正天皇葬式の霊柩客車ですが、側面を全開した写真は初見です。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/03-05/03-05-0495.pdf
↑(1927年5月)小田急開通。経堂車庫は静寂な感じです。4ページ目の厚木停車場は郊外電車の典型的建物で、この後に開通した西武新宿線も共通設計の駅舎があったそうです。
 

Re: アルノー式2

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月18日(土)23時13分59秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
編集済
  アルノー式とは本来車軸の向きを回転中心に向けて回転時の抵抗を最小にするシステムの事を指すのではないでしょうか。
その中の一部の派生として下に示された機関車のように前後の従輪でカーブの度合いを検出し動輪にフランジが無くても脱線しないシステムとしたのではなかと思っています。フランジが無いとカーブ時の抵抗は大幅に減少する事が予想され、軸も左右がつながっていないから自動車のディファレンシャルギアのような動きが出来るのだと考えました。

それらの事柄は自分で本来持っていた知識では無く、鈴木様がお示しになった↓
http://fr.wikipedia.org/wiki/Syst%C3%A8me_Arnoux
を見てそのように感じました。

これらのアイディア、いつの時代に考え出された事なのでしょう。現代でも十分にその効果に付いて検証してみたくなります。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

アルノー式2

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月18日(土)11時27分32秒 sechttp607.sec.nifty.com
  機関車の写真はこれです。
先輪と従輪、それぞれの傾きを強制するための傾いた車輪2つずつが影になった部分に見えます。
この方式では先輪と従輪がそれぞれ異なる曲線上に乗っていてもそれぞれの曲線半径を個別に検知できます。
動輪はワイドトレッドでフランジ無しです。
ついでながら、動輪の軸は左右繋がってないので、曲線の外側と内側で回転数を違える事ができました。
理想的な曲線通過方式でしたがいかんせん複雑過ぎて、短期間で廃止されたようです。
 

アルノー式

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月18日(土)11時11分37秒 sechttp607.sec.nifty.com
  アルノー式の台車図が出てました。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Syst%C3%A8me_Arnoux
フランス語は読めないという前提です。
このようなラジアル台車?は鉄道以前の道路用荷車に既にあったようですが、
どの本でそれを見たかは忘れてしまいました。
曲線を通過中の荷馬車の走行抵抗が減るはずです。

これらは要するに車軸の総てが同一半径曲線用に強制整列させる仕かけです。
当然車軸の一部が違う半径の曲線に乗っている場合効果が損なわれます。
S字曲線では効果が0になります。
下段の図で2軸車を、2両制御してますが、余り長くなると、一部は曲線を走っていても別の部分は直線を走っている状態が
頻発して不都合になるからと思います。

この方式を採用して有名なのが、Paris Sceaux鉄道の客車です。最急曲線半径は25mか30mだったと思います。
Paris Sceaux鉄道の機関車は別の方式の車軸強制整列があり、これも手持ち本ではアルノー式と説明されてます(下の略図)。
 

デュアルゲージ?

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月17日(金)18時17分59秒 sechttp601.sec.nifty.com
  なるほど、言われて見れば、背後の
蔦のからまるチャペル、じゃなかった、番小屋は検重小屋のようですね。
残念、誤認でした。
 

Re:デュアルゲージ?

 投稿者:RAILTRUCK  投稿日:2006年11月17日(金)18時00分28秒 ZN172138.ppp.dion.ne.jp
編集済
  おなじ場所の写真ですが、ホッパーカーなんかの足元を見るとガントレットのような気もします。トラックスケールでもあるんじゃないでしょうか?
http://www.monon.monon.org/sobendpixs3/12-24singer1.jpg

それから、こちらのシンガーのSW-1ですが、前から作りたいと思っていた電機ですので感謝、感謝です。
http://www.monon.monon.org/pixs9/05-02singerITM-1.jpg
 

デュアルゲージ?

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月17日(金)17時16分52秒 sechttp621.sec.nifty.com
  http://www.monon.monon.org/rr/oldghosts.html
http://www.monon.monon.org/sobendpixs3/12-24singer2A.jpg
シンガーミシンの前の入れ替え用電気機関車なんですが、
線路がデュアルゲージなような気がします。断定は出来ません
 

夕張博物館3

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月17日(金)11時09分4秒 sechttp635.sec.nifty.com
  もう古くていつの事か皆目わからないのですが、鉄道模型趣味誌の山崎氏が、
写実的な模型レイアウトを作る方法の1つを書いてました。
「実物か模型(どっちをか、忘れた)を良く観察するのも結構だが、
むしろ実物か模型(どっちをか、忘れた)の写真を撮って、その隅々を検討した方が良い。
意外な事だが、本物を見るより写真で見た方が良く解る」
と書いてました。
これは卓見だと今でも思ってます。
 

夕張博物館2

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月16日(木)23時27分28秒 sechttp608.sec.nifty.com
  まぁ、私が日帰りで行けるどこの博物館にも夕張と似た感想を持ってます。
家の近くの郷土史博物館にせよ、交通博物館にせよ。
 

夕張博物館

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月16日(木)22時48分55秒 sechttp642.sec.nifty.com
編集済
  多分鉄道関係の行きがかりで
メールで夕張石炭博物館の存続請願署名依頼が来ました。
http://www.city.yubari.hokkaido.jp/contents/7d4b09102710148/7d4b0910271014819.htm
http://www.city.yubari.hokkaido.jp/contents/7d4b09102710148/7d4b091027101484.htm

炭鉱の古い採掘の設備が無くなるのは惜しいですが、
この博物館そのものは、人寄せ施設という感が強いです。
毎度の小言になりますが、チカチカ動くHPなんかは幼児の目を引くだけのものです。
せっかくの資料写真が何を写したのかさっぱりわかりません。(他の資料写真は無いです)
おそらくは1000枚を超えるであろう資料写真を静止写真のままネットに公開すればいいだけのものです。
チカチカのページは多分ネットに心得のある役所の人か、プロのネット作者に頼んだものなんでしょう。

俗に「実際にそこに行って触れなければ理解できない」と良く言われますが、
逆に「実際にそこに行くと返って理解できない」ものが多いです。
博物館に行くだけで疲れるし、昼飯の心配もしなければならないし、回りの人の迷惑にならないよう気を使ったりしなければならないので、博物館に居る間の脳味噌は気遣いばかりについやされてるわけです。
そもそも博物館は基本的には一人で行くべき場所と思うんですが。

英国の炭鉱の歴史HPを紹介します。
http://www.cmhrc.pwp.blueyonder.co.uk/
http://dmnw26769.pwp.blueyonder.co.uk/collieries/mc.htm
 

独ソ戦と1524mmゲージ2

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月15日(水)10時23分22秒 sechttp620.sec.nifty.com
編集済
  http://dspace.dial.pipex.com/town/pipexdsl/o/aopt91/WW2/june97.htm
↑は引き続き前投稿のロシア1524mmの章ですが、
<本文>の終わり近くに
「Special railheads were established as far forward as possible, 」
という、くだりがあります。
「より遠くまで伸張するよう、特製のレールヘッドが作られた」となります。
これはどういうレールヘッドか解らなくて興味がわきます。
私の当てずっぽうでは
1、1435mmに敷設したレールヘッドの上に、中心位置がずれるようなレールヘッド部分だけで構成されたレールをかぶせる。
2、1435mmに敷設したレールを残したまま、その外側側面に敷設するためレール底面を削ったレール。
3、1435mmに敷設したレールをはずし、残った犬釘にレールヘッドのずれた断面形状のレールを置き換える。

勿論やっているのはプロの鉄道技術者だから、もっとあざやかな解決法があっても自然だし、
或いはページ著者はレール断面形状をドイツ式と融和させた程度の物を「特製レールヘッド」と述べてるのかもしれませんが。
 

独ソ戦と1524mmゲージ

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月15日(水)04時35分54秒 sechttp632.sec.nifty.com
  ロシアの1524mmゲージが独ソ戦争の終局においてどの程度までドイツに向かって伸張したのか、という疑問は大分以前に書きましたが、それらしい説明を見つけました。

http://dspace.dial.pipex.com/town/pipexdsl/o/aopt91/WW2/june97.htm
↑の中の真ん中辺に
RUSSIAN LOCOMOTIVES IN BERLIN: FURTHER COMMENT
by John Bushby
という章があります。
<本文>、<出典>、<注釈(FURTHER NOTES, from Keith Chester)>
から成り私程度にとっては長文で読むのが大変です。

<本文>
1945年8月スターリンはポツダムに汽車でいった。膨大なKGB等の警備が必要だった。
機関車はE型0-10-0だった(鈴木注、長距離旅行に0-10-0を使うのは不思議だが)
1945年4月に赤軍はOder川(ベルリンまであと100km)に迫り1524mmゲージもほぼ出来ていた。
<注>
1945年5月5日、1524mm線ベルリン開通
1945年9月21日、1435mmに戻す

以上が私の読みです。
その後、つまり現在、1435mmと1524mmの接点はどこか?(多分ポーランド)については知識がありません。
国家や軍が総力を挙げればゲージなんて簡単にかえられるもんだ(ただし急造線路でしょうが)と感心しました。
世の中には戦争のこういう面を調べている人もいるもんだ、とこれも感心しました。
このサイトページ、他の章も病院客車の問題など書かれてるらしく、
英文読むのが面倒なのと、誤訳の危険があるのを別にすれば、
すばらしいHPだと思いました。
 

re製材所のモノレールと転車台

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月13日(月)18時34分48秒 sechttp603.sec.nifty.com
  上写真。
いいですね、私テルファも好きなもんで。

下写真。
この転車台も各方面からのレールの食い込みが激しいですね。
慣れない運転手さんがまごつくから、
電気の配線みたいにレールを色分けした方がいいと思います。
面白い写真ありがとうございました。
 

製材所のモノレールと転車台

 投稿者:RAILTRUCK  投稿日:2006年11月13日(月)18時16分42秒 ZM178244.ppp.dion.ne.jp
  既出であればごめんなさい。Pickering Lumber Corp.のモノレールと転車台です。
http://home.att.net/~rail-logger/plc063.html
http://home.att.net/~rail-logger/plc055.html
親ページはこちらです。
http://home.att.net/~rail-logger/pickering.html
 

re2:「謎のゲージ」

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月13日(月)09時16分57秒 sechttp621.sec.nifty.com
編集済
  米国の林鉄にはいくつかの広軌があったと思います。
下記はAlabamaの資料ですが
http://www.steaminthewoods.com/LoggingRRs/al.htm
Otis, William Otis, William Mobile Mobile AL 1886 Report 60"(1524mm)
が例示されてます。
探せばもっと広いゲージもあるんじゃないでしょうか
 

reこれもモノレールの1種?

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月13日(月)00時43分21秒 sechttp631.sec.nifty.com
  一瞬ヤッタネ! と思いましたが、よく見ると
その下段の写真↓(1926年)
http://www.tramz.com/pe/ot/ot09.jpg
と同じ車両である、と説明書きがあるので、通常の線路と見るのが妥当じゃないでしようか。

でも、のんびりしたいい写真ですね。
こんなのに乗ってくそ暑い南米の田舎を旅行できたら。
モーター音がなくてジョイント音だけだから最高のはずです。
御者の人にはチップを払ってポイント部分だけ低速でゴットン、と通過するように頼みましょう。
御紹介ありがとうございました。
 

これもモノレールの1種?

 投稿者:野村欣司  投稿日:2006年11月12日(日)23時32分49秒 ZO220069.ppp.dion.ne.jp
  ペルーのトラムサイトより、
http://www.tramz.com/pe/ot/ot00.html
の中の↓ですが
http://www.tramz.com/pe/ot/ot08.jpg
線路片側は普通のレール、もう一方は丸太線路のように見えるのですが‥‥‥。
 

re:「謎のゲージ」

 投稿者:野村欣司  投稿日:2006年11月12日(日)23時31分21秒 ZO220069.ppp.dion.ne.jp
  「謎のゲージ」についてですが、記憶では製材会社構内線路に機関車が数両写っている写真です。
で、問題はその機関車の使用ゲージでいかにも妙に広軌だったように記憶しております。当時(5〜6年前)見たHPのコメントには「ココに
写っている機関車や使用ゲージ、撮影場所について詳細を乞う」みたいな事が書いてありました。
最近、心あたり(my HDを含む)を探しても見かけないようなのでその謎は解決したのかも
知れません。
 

天文台の線路

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月12日(日)21時36分26秒 sechttp622.sec.nifty.com
  http://www.flickr.com/photos/michalp/253470075/in/pool-narrow-gauge-railways/
チェコのタトラ山の天文台です。
荷物運び用らしい線路ですが、このような急勾配では手押しも機関車も無理で、
ロープで引き上げるしかないのではないか、と思うのですが。
ケーブル用の途中プーリーも見えないので、ただ単純にロープとウィンチで引き上げるのかも知れません。曲線上でロープが横にずれてしまいますが、しょうがないのでしょう。

別の写真を探しましたが余り無かったです。
http://www.aerobatics.ws/GEI/slovakia.html
http://www.aerobatics.ws/GEI/images/CENTRAL_EUR/slovakia_skalnate_pleso_1148x789.jpg
他に↓が。
http://www.foto-julius.at/tatry/tatry15.html
 

re2;カナダのゲージ

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月12日(日)11時12分46秒 sechttp634.sec.nifty.com
  「謎のゲージ」とはどのような謎なのでしょうか?
メートル法刻みとか、英米フィート法以外のフィート法刻みとか、超広軌とか。
因みにゲージの数値も不明なわけでしょうか?

http://www.loggingrailroads.com/
↑は御存知と思いますが、米国林鉄ゲージ表としてイチオシなものです(ただしまだ未完成)。
 

re;カナダのゲージ

 投稿者:野村欣司  投稿日:2006年11月12日(日)10時10分32秒 ZT238216.ppp.dion.ne.jp
  カナダのゲージの話題では無いのですが、以前アメリカの製材会社に謎のゲージを持っ
た機関車が存在したが、どなたかご存知ないか? というような写真がありました。
ボク自身も昨晩からHD内を探索しているのですが一向に発見できません。

どこかのロギングサイトやシェイサイトで見かけた記憶があるのですが‥‥‥。
謎のゲージと言えばこの写真ばかりが思い出されます。
 

ミズーリパシフィックの鉄道フェリー

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月12日(日)02時35分31秒 sechttp607.sec.nifty.com
編集済
  http://www.trainweb.org/screamingeagle/loco_steam.html
↑の↓ですが。
http://www.trainweb.org/screamingeagle/other/beckermann/m-i_transfer_boat.jpg
フェリーから貨車を引きずり出してる(押し込んでるのかも知れないが)写真ですが。
線路と船の間をつなぐ橋にクレーンが見当たりません。
普通は昇降橋のようなものでつなぐんですが。

ここでは昇降橋の代わりに橋を坂になったレール上でスライドさせて橋の高さを水位の変化に合わせているのだと思います。
文で説明するとむずかしいし、手ごろな図が見つかりません。
下の図は全部が可動部分で、これがアプローチの斜面になった線路上をすべって移動することで水位の高さに合わせます。
図はネット写真と同一ではないと思いますが、ミズーリパシフィック鉄道のEast Ivory Car Ferryだそうです。(出典、Railway Gazette, 1905, 10月)
 

Re:ビクトリア橋はデュアルゲージ? 3

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月11日(土)22時42分37秒 sechttp624.sec.nifty.com
編集済
  ビクトリア橋の構造、材質なんかは知りませんが、
米国には橋に上部と側面に板を張ったのが不思議と多いですよね。
私も理由は雨なんかで橋が腐るのを防ぐんだろうと想像はしてますが、本当のところは知らないです。
逆に火災の方が心配だと思うんですが。
どこだったかの長大カバードブリッジが子供の放火でパーになった話があったように記憶してるんですが、今どこの橋だったのか思い出せません。

まぁ、横風には安全、と言う意味では列車が高速化した現在の方が必要なのかも知れません。
営団地下鉄東西線の他余部鉄橋でも横風事故やってたような記憶が。余り生々しい(?)時事問題や技術問題は苦手で詳しくないんですが。

カバード橋は初期の北海道炭鉱鉄道なんかにあっても不思議は無いですが、写真は一枚も残されてないですね。
 

Re:ビクトリア橋はデュアルゲージ? 2

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月11日(土)11時11分23秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  屋根つきという意味がやっとわかりました。護岸の橋の入り口では石積みで屋根が無く橋梁部分になると屋根付きになると見えました。
一番最後の写真でも拡大すると屋根の端が確認できます。本当にきれいな写真ですね。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

カナダのゲージ

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月11日(土)11時06分21秒 sechttp633.sec.nifty.com
編集済
  カナダの初期の標準ゲージは政治的理由で、5ft.6in.、 1676mmゲージ
1870年代にはほとんどが1435mmに改軌。
だそうで、出典は"ゲージの鉄道学"P52です。

初期に6フィートゲージをも採用していた米国のデラウェア&ハドソン鉄道はカナダ内にまで路線を持っていたはずですが、カナダ内のD&H鉄道が6フィートゲージだったのかどうかは知りません。
米国のErie鉄道は6フィートゲージだったはずですが、これがカナダ内にまで路線を持っていたかどうかは不明です。

http://imagescn.technomuses.ca/railways/index_choice.cfm?id=49&photoid=15074719
↑この内側気筒機なんか広軌の疑いがあります。

http://imagescn.technomuses.ca/railways/index_choice.cfm?id=49&photoid=1011895052
↑蛇足ですが、左下にフェアリー機がいます。橋の上の一般人もこのシャム双生児に注目してるようです。

http://imagescn.technomuses.ca/railways/index_choice.cfm?id=50&photoid=32990271
↑蛇足ですが、橋の重量テスト。どの機関車もテンダーの積荷がテンコ盛りです。
 

ビクトリア橋はデュアルゲージ? 2

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月11日(土)10時41分47秒 sechttp633.sec.nifty.com
  http://www.canadiana.org/citm/imagepopups/c005780_e.html
↑で見ると屋根付きですね。

http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Victoria_Bridge_under_construction.jpg
↑土台が頑丈なのは冬季の結氷対策と思われます。

http://canadianheritage.org/reproductions/21839.htm
↑1897年では、普通の単一ゲージになってます。

http://imagescn.technomuses.ca/structures/index_choice.cfm?id=36&photoid=-2048726503
↑拡大すると写真が美しいです。
 

ルイジアナ写真集

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月11日(土)09時56分5秒 sechttp633.sec.nifty.com
編集済
  2.ATSFマレは火室の小ささが目につきます。後部気筒(高圧気筒)の弁室に斜めに巻かれた鉢巻状の正体は不明です。

3.「併用軌道橋はあの狭い場所を両者が通過するのに狭い小屋の中の旗振りだけの合図で問題は起こらなかったのでしょうか?」
日本では橋の両端に踏み切り警報機がついている秋田県の例が報告されてます。
奥羽線二ツ井の付近でオート3輪が警報機付き鉄道(ただし森林軌道)橋を渡っている写真が"トワイライトゾ〜ン"No5、P70にあります。

5. テンダー付きのスチームトラムじゃないかと思ったのですが、写真が不鮮明なので、違う可能性もありますね。
 

Re2:ルイジアナ写真集

 投稿者:RAILTRUCK  投稿日:2006年11月11日(土)08時59分14秒 ZB221213.ppp.dion.ne.jp
編集済
  サトウキビ鉄道のサドルタンク機は傾斜シリンダーやサンドドームの形からポーターのようですね。

スチームトラムはテンダー付きではなく、0-4-2のリアタンク機のようですが。
 

Re:ビクトリア橋はデュアルゲージ?

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月11日(土)02時26分27秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  これらはステレオ立体写真ですね。
カバードブリッジと書いてあったので屋根付き橋かと思いました。
両サイドの高い壁が見えますので、それを以ってカバードブリッジと言うのでしょうか。
確かにデュアルゲージーですね。カナダの軌間については知識がないのでコメントは出来ません。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

Re:ルイジアナ写真集

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月11日(土)02時16分0秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
編集済
  何時も素晴らしいサイトの紹介とても魅力的です。
今回もご紹介のすべて拝見しました。このライブラリ人気があるのかどれも長時間待たされました。

特に私の目を惹いたのは↓
1. 以前インドのティポン炭鉱の機関車で煙室扉を粘土のようなものでシーリングしたものがありましたが、これも何かの白いシーリング材が確認できます
2. サンタフェの2台合体式マレーのはず。
3. 昔の併用軌道橋ですね。汽車が近づくと番小屋の人が旗で通行人を止めるんでしょうか。
4. ミシシッピ川フェリー。この単純な設備がいいです。
5. スチームトラムだけど、テンダー付きのように見えます。

で、
1. の写真はサドルタンクでしょうか。良い雰囲気です。
2. はもちろんATSFに抱かれたのですが、以前鈴木様がご紹介してくださった記事を思い出しながら眺めました。改めてみると少し以往な感じもします。
3. 併用軌道橋はとてもスリリングにj感じました。あの狭い場所を両者が通過するのに狭い小屋の中の旗振りだけの合図で問題は起こらなかったのでしょうか?
4. ミシシッピーのフェリー単純に良い感じだと思いました。しかしそのはしけ?のレールがやけにしっかりしていて印象的でした。
5. テンダー付きのスチームとラムなんて少し笑えます。でもかなり珍しいですね。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

ビクトリア橋はデュアルゲージ?

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月11日(土)02時08分40秒 sechttp624.sec.nifty.com
  http://www.hillmans.soupbo.com/archive/csv150h4.jpg
http://www.hillmans.soupbo.com/archive/quebec.html
カナダのVictorian Bridgeの写真見つけました。
当時の世界有数の長大橋です。カバードブリッジでした。
で、今ネットでこの写真見るとデュアルゲージのようです。

1435mmと1524mm? カナダの標準広軌は1676mmだったし、
米国カナダ国境付近のナイアガラ橋は建設時トリプルゲージだった、と聞いてるし、もうわかりません。
さらにカナダ国境に近い(越境も?)デラウェア&ハドソンは6フィートゲージを持っていたような気がします。
 

ルイジアナ写真集

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月10日(金)23時02分24秒 sechttp630.sec.nifty.com
編集済
  米国ルイジアナ州の歴史写真に行き当たりました。
http://louisdl.louislibraries.org/cdm4/item_viewer.php?CISOROOT=/LHP&CISOPTR=5294&REC=10
↑以前インドのティポン炭鉱の機関車で、煙室扉を粘土のようなものでシーリングしたものがありましたが、これも何かの白いシーリング材が確認できます。

http://louisdl.louislibraries.org/cdm4/item_viewer.php?CISOROOT=/AMA&CISOPTR=3044&REC=4
↑サンタフェの2台合体式マレーのはず。

http://louisdl.louislibraries.org/cdm4/item_viewer.php?CISOROOT=/PSL&CISOPTR=628&REC=6
↑道路中央の筋は(木製レールを使ったらしい)ストリートカー線路です。

http://louisdl.louislibraries.org/cdm4/item_viewer.php?CISOROOT=/FBC&CISOPTR=1774&REC=1
↑考えて見れば不思議はないんですが、フロリダ〜キューバの鉄道フェリーがあったんですね。

http://louisdl.louislibraries.org/cdm4/item_viewer.php?CISOROOT=/FBM&CISOPTR=491&REC=4
↑線路付き道路ですが、昔の舗装にしてもかなり歩きづらそうです。

http://louisdl.louislibraries.org/cdm4/item_viewer.php?CISOROOT=/LHP&CISOPTR=1403&REC=15
↑昔の併用軌道橋ですね。汽車が近づくと番小屋の人が旗で通行人を止めるんでしょうか。

http://louisdl.louislibraries.org/cdm4/item_viewer.php?CISOROOT=/LHP&CISOPTR=1378&REC=17
↑ミシシッピ川フェリー。この単純な設備がいいです。

http://louisdl.louislibraries.org/cdm4/item_viewer.php?CISOROOT=/PSL&CISOPTR=788&REC=16
↑スチームトラムだけど、テンダー付きのように見えます。
 

木製レール

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月10日(金)18時07分36秒 sechttp616.sec.nifty.com
  シャフトのような物が画面で左側にオーバーハングしてるのは、私もわかりません。
もしかしたら、台車から簡単にはずして、定置エンジンとして使うことを考慮しているのか?
 

Re:木製レール

 投稿者:RAILTRUCK  投稿日:2006年11月10日(金)13時05分29秒 ZB254094.ppp.dion.ne.jp
編集済
  このロコのラジエーターの側面の陽刻はFordsonですね。Fordsonを載せたロコや集材機は北米や豪州などのロギングで使われてました。
このロコを良く見ると台枠の間よりシャフトが前方に延びていますが、何でしょうか?。もう少し周りが写っていればはっきりするんでしょうが、写真はこの1枚だけのようですね。
 

木製レール

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月10日(金)11時22分50秒 sechttp622.sec.nifty.com
  http://www.flickr.com/photos/eldan/142361357/
久しぶりに木製レールを見つけました。
 

reRe:不明機関車

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月10日(金)09時41分37秒 sechttp622.sec.nifty.com
  あー、これですか。
一発解答ですね。ありがとうございます。
ボイラーに溶接の跡のようなものがあるので、そこばっかり考えて
無火機関車かな?と思ったり、でした。
ありがとうございます。
 

Re:不明機関車

 投稿者:RAILTRUCK  投稿日:2006年11月10日(金)09時17分54秒 ZB254243.ppp.dion.ne.jp
編集済
  ご存知と思いますが、この機関車は寺久保さんのブログにもあるニューハンプシャー州のワシントン山鉄道の6号機KANCAMAGUSのようです。鈴木さんの写真でも名前の一部MAGUSが読み取れます。
http://www.thecog.com/cog_scene.php?img=full_head_of_steam
親ページはこちら
http://www.thecog.com/index.php
そのほかにも同鉄道のサイトとしては
http://www.mountwashington.com/cog/index.html
http://www.cog-railway.com/lastrun.htm
 

不明機関車

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月10日(金)05時26分10秒 sechttp612.sec.nifty.com
  http://www.flickr.com/photos/77091454@N00/263822755/
こっ、こっ、これは…?
ボイラーが傾いてるから、急勾配用?
火室が小さい。
前後の2つの気筒は直径が同じに見えるがピストン棒は繋がっているのか?
全く解らない機関車です。
 

長距離鈍行ブログ

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 9日(木)22時55分10秒 sechttp620.sec.nifty.com
  学生時代は長距離も鈍行以外なかったです。
東京から、山形、北陸、関西、長野、全部鈍行ですが、乗り換えは無しか、1回くらいでしたね。
現在のJRは長距離は実質的に特急でしか行けない状態でこれは長距離の方がkm当たりの旅費が近距離より高い、という逆転現象になってます。
それと、鉄道に詳しくない一般人は、約100km以上は普通列車では行けない、と錯覚しているフシがあります。
 

砂糖黍線路

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 9日(木)22時38分39秒 sechttp630.sec.nifty.com
  http://www.flickr.com/photos/87791108@N00/292117769/
↑ジャワの砂糖黍畑ですが、最初一見した時、ロープで貨車を引き寄せてるのかと思いました。
よくみれば、曲がっていてもレールなんですね。
隣接する写真ではこの貨車を牛が引いてます。
 

re:長距離鈍行

 投稿者:野村欣司  投稿日:2006年11月 9日(木)22時28分41秒 ZO217022.ppp.dion.ne.jp
  個人的な長距離鈍行乗車経験では、
京都→松江(山陰線旧客・約12時間同一列車に乗りっぱなし))とか地元駅(金沢市
郊外)から山陽線・西条まで(途中新快速には乗車したけど)や東京とかありますね。
とにかく20数年前までは全国いたるトコロで長距離鈍行が運行されていたので、かなり
遠方へ行く場合でも数回の乗り換えだけで済んだものです。
 

長距離鈍行ブログ

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 9日(木)20時26分3秒 sechttp635.sec.nifty.com
  所謂"乗り鉄"という趣味は全然持ってないのですが、
下記↓の方のブログは面白いし、国鉄鈍行を使う旅行環境が、どういう現状かわかるので、唯一注目してます。
http://feelfine.blog.izumichan.com/article.php?id=9933
提示ページは11月予定の長距離長期間旅行宣言です。

基本的に普通列車だが、止むを得ない地点ではスポット的に特急も使うようです。
経路を見ると、とてもじゃないが私のような素人が付き合えるレベルじゃない忍耐苦行です。
これは大規模な旅行の例ですが、温泉趣味の小旅行もひたすら、普通列車のようです。
 

reRe2ケーブル橇

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 9日(木)19時34分54秒 sechttp617.sec.nifty.com
  いえいえ、情報が当たる確率なんてそんなに高くはないのが普通です。
しかし、頭のどこかにしまって置けば、どこかで、思い当たるものに出会うこともまた、ありますから。
イタリアの最近らしいカラー写真では荷物専用でつかわれているのもあります。
荷物専用ともなれば、外部の者には注目をあびない場所で何気なく使われるかも知れません。
どうかお気遣いのないようお願いいたします。
 

Re2ケーブル橇

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 9日(木)18時56分9秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  先ほどの投稿で使った言葉を訂正させてください。「スイスにはそのような施設をよく見かけます」この部分私が思い違いをしているのかもしれませんが、昔そのような登山鉄道の写真に何回か出っくわした事がある。又テレビの番組の中でも見た、と言う物で信頼性は非常に薄いとお考えください。私自身は今回の物と同じだと思っていましたが、鈴木様に「情報ありがとうございます」と言われると、心配になってきました。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

ケーブル橇

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 9日(木)11時08分48秒 sechttp605.sec.nifty.com
  この橇ケーブルはイタリア語では「slittovie」と称するようです。
ただし、普通名詞ではなく、商品名の可能性もあります。
http://www.funivie.org/funigallery/thumbnails.php?album=8
上記の中にかなり実例写真があります。

スイスにもあるとは、知りませんでした。情報ありがとうございます。
Googleでは見つからないので、スイスでは「slittovie」とは別の言葉を使ってるのかも知れませんね。
 

Reケーブル橇

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 9日(木)09時53分13秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  このサイトは先ほどの不明な乗り物と同じです。
ここにはスキーのリフトも紹介されていましたので、先の不明な乗り物は、やはり観光用の輸送施設で高山に一気に上れる乗り物ではないでしょうか。これはイタリアのサイトのようですが、スイスにはそのような施設をよく見かけます。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

Re:不明な乗り物

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 9日(木)09時46分42秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  これは地下に秘密基地のある実験施設への輸送設備なのだと思います。冗談半分ですが。大体そのような施設の情報が紹介されるわけがありませんね。

冗談はさておき、地価深くの輸送施設であることは間違いないようです。最初に紹介されたページを見るとエレベーター等の巻上げモーターがありました。又別の頁には車両そのものがエレベーターのゴンドラにはや代わりしているところも見かけました。
そして、この軌道の動力はリニアモーターカーのように電気コイルを使った磁界を利用して動くのだと想像します。密閉された空間の事を考えると電気動力が最適で、鉱山等ではバッテリー動力も見られるようですが、走行距離、時間の事を考えるとこのような電磁石方式の方が有利です。

ポイントを見ると確かに車軸の片方が両フランジで、もう片方がフランジレスのように見えました。

かなりの金額を投資して作られた鉄道のようなので、もしかすると山の中をくりぬいた観光用の輸送施設かもしれません。

考えれば考えるほど興味を覚えます。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

ケーブル橇

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 8日(水)23時49分58秒 sechttp616.sec.nifty.com
  http://www.funivie.org/pagine/speciali/ceretti_tanfani/regioni/CT_slittovie_1.htm
これはケーブル橇ですが、
メーカー名は「Ceretti Tanfani 」のようです。
 

不明な乗り物

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 8日(水)23時35分58秒 sechttp616.sec.nifty.com
  http://www.funivie.org/pagine/speciali/genova_montegalletto/2.htm
ケーブルカー関連ですが、↑もよく解らない乗り物です。
ポイントの形から判断すると、片側両フランジ片側ノーフランジ使用らしいです。
路線途中にエレベーターのようなものがあるし。
 

マッキーンの機械部分

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 8日(水)17時36分4秒 sechttp607.sec.nifty.com
  こういう明け透けな構造では十分な潤滑が出来ないので、
何かのカバーを外した状態の写真かも知れません。
真相は知りません。
 

R2: サンディエゴの転車台

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 8日(水)16時08分33秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  この写真、模型で言うパワートラックです。台車の前輪と後輪がチエーンで連動している所も、昔のOゲージーのパワー台車のような感じを受けます。スプリングプーリー式と言ったでしょうか。

この方式アメリカには意外と多かったように思います。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

サンディエゴの転車台

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 8日(水)12時25分35秒 sechttp631.sec.nifty.com
  既出でたか。失礼しました。
相変わらずドジが多く、しかもボケのインジケーターはさらに上昇中です。

1913年のマッキーン気動車エンジンです。
気筒とクランクの間がスケスケです。
 

Re:サンディエゴの転車台

 投稿者:RAILTRUCK  投稿日:2006年11月 8日(水)11時58分47秒 ZE155136.ppp.dion.ne.jp
  サンディエゴの都市内鉄道史は前にご紹介しませんでしたっけ?
サンフランシスコのケーブルカーもボギーですね。
最後の気動車は有名なMcKeen Motor Carでこちらに解説がありますよ。
http://www.shiawasseehistory.com/mckeen.html
 

サンディエゴの転車台

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 8日(水)10時20分48秒 sechttp643.sec.nifty.com
  http://www.sandiegohistory.org/collections/streetcar/streetcar.htm
↑サンディエゴの都市内鉄道史です。
http://www.sandiegohistory.org/collections/streetcar/images/7823.jpg
↑転車台。ケーブルカーでボギー車が珍しいです。
http://www.sandiegohistory.org/collections/streetcar/images/7817.jpg
↑これは郊外鉄道? この気動車は、ボギー台車とエンジンが一緒に首を振る機械式か?
 

ロープウェイ写真集

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 8日(水)00時55分52秒 sechttp607.sec.nifty.com
編集済
  ロープウェイとケーブルカーの写真が多量に投稿されているページを見つけました。
http://www.funivie.org/funigallery/displayimage.php?album=1&pos=614
↑は例えば、説明が無いのですが、米国で作られた自走式ケーブルカーじゃないかと思います。
だとしたら、バスからの改造でバスのエンジンで走るものです。

http://www.funivie.org/funigallery/thumbnails.php?album=1&page=13
↑が親ページで、さらにその上に親が続きます。

http://www.funivie.org/funigallery/displayimage.php?album=6&pos=328
↑こんなのも含まれてます

http://www.funivie.org/funigallery/displayimage.php?album=8&pos=14
↑ケーブル橇。上りと下りが接触衝突しないようにどのような構造なのか不明です。
 

Agudioケーブル

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 7日(火)22時48分57秒 sechttp608.sec.nifty.com
  遅くなりましたが
http://www.flickr.com/photos/kotaroooo/291474004/
↑が一応、The Locomotive, 1909年の記事文です。
 

Agudioケーブル

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 7日(火)22時23分16秒 sechttp623.sec.nifty.com
  LA NATUREの参照は気が付きませんでした。
この図、2枚はこれまてて一番明瞭ですね。
でコロコロ意見を変えて悪いが、動力はおっしゃるように、固定エンジンのケーブルによっているように思えてきました。
しかしまだ解らないことが多いです。
運転手のハンドルは、ブレーキ、ワイヤグリップ、の他ひょっとして変速機もあるのだろうか?
 

Agudioケーブル #7

 投稿者:野村欣司  投稿日:2006年11月 7日(火)21時56分56秒 ZO218078.ppp.dion.ne.jp
  Agudio式ケーブルですが「LA NATURE」誌にも記載がありました。

http://cnum.cnam.fr/CGI/fpage.cgi?4KY28.23/380/100/432/0008/0420
http://cnum.cnam.fr/CGI/fpage.cgi?4KY28.23/381/100/432/0008/0420

図版から推察するに、鋼索が2つの大駄輪を駆動→ラックに動力伝達。だと思います。
ただ、マスコン状のハンドル操作をするオペレーターは何の役目なのか?
ブレーキマン兼ワイヤーグリップマンかな‥‥‥。
 

Agudioケーブル

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 7日(火)17時08分33秒 sechttp629.sec.nifty.com
  多分、「ラックは非常用ブレーキ」と思うのですが何せ文章が読めないので。
動力は、RAILTRUCKさんがおっしゃるように車載らしいです。(スペイン語サイトの説明を機械翻訳で読んだので自信ないのですが)
ボイラーも排気管も架線も無いので、電池かな?と思うのですが、下りで発電して充電してたのかなぁ?
 

アプト線路写真

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 7日(火)17時01分10秒 sechttp629.sec.nifty.com
  http://www.trenscat.com/nuria/tecnica03_ct.html
↑はアプト鉄道の写真集です。
http://www.trenscat.com/nuria/images/PC170111.jpg
↑は歯軌条の導入部ですが、2条の歯レールの次が1条で、最後に2条の歯になってます。
なぜ途中が1条なのかは解りません。

このHPは
http://www.trenscat.com/nuria/tracat_ct.html
↑で路線途中の写真もあり、ポイントの写真も多いです。
 

Re2:Agudioケーブル

 投稿者:RAILTRUCK  投稿日:2006年11月 7日(火)16時55分45秒 ZB217130.ppp.dion.ne.jp
  このページはhistoryの文章のチョイ読みだけで、スクロールしてまで1880年の画像は見なかったです。残念!! 奥のリールにケーブルが掛かっているようですね。ラックは非常用ブレーキでしょうか。
http://www.poma.net/english/historique/main.htm#
 

Agudioケーブル

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 7日(火)16時14分51秒 sechttp629.sec.nifty.com
  ありがとうございます。
http://www.poma.net/english/historique/main.htm#
http://www.poma.net/francais/historique/1880.jpg
とり合えず、それらしいのを見つけました。
かなり激しいです。
 

Re:Agudioケーブル

 投稿者:RAILTRUCK  投稿日:2006年11月 7日(火)15時32分33秒 ZB217130.ppp.dion.ne.jp
編集済
  このページに色々なケーブルの概念図があります。Agudio式はthe power unit is into the cabinとあるので車両側面の大きな2個のリールは巻上機の主索輪と従索輪ではないかと思います。従ってこれらでケーブルを巻き込んだり繰り出して昇降するのではないでしょうか?
http://www.funimag.com/Funimag-PermanentSections.htm

因みに日本では索輪の直径は規則で鋼索の直径の100倍以上と定められており、鋼索が索輪に巻かれた場合の曲げ応力を小さくして鋼索の寿命を長くすることのようです。
鉄道図書刊行会1958年刊 鉄道新書30「日本のケーブルカー」より
 

国産1号

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 7日(火)11時06分56秒 actkyo004149.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
  国産最初の機関車は何か?と問うと、鉄道ファンでも答えられない人が多いと思います。
1893年、神戸工場製、複式、1B1、Trevithick設計。
どこの国でも1号機関車(大抵は輸入品)の次には国産1号機関車を保存するのでしょうが、日本の場合国産1号機関車の知名度は極めて低いです。
この機関車の形式図と説明は、デジタルライブラリー、機関車工学上巻(森彦三)P63に。

1918年樺太鉄道庁へ。
1929年樺太で廃車(多分解体)

一方、1号機関車(150型、Vulcan Foundry製)は国鉄開設50周年行事で
1922年、島原鉄道に売却済みの1号機関車を博多で展示
1930年、島原鉄道から取り戻し博物館展示です。

国産1号機関車の完成は日本人でも機関車が製造出来るという自信をつけさせ、しかも値段もかなり安くなることがわかった。
しかし貢献したTrevithick技師は契約切れで英国に帰り、この機関車も無視されてしまったようです。
またTrevithickの下で製作に携わった森彦三氏の名前も余り知られてません。
参考書
"私の蒸気機関車、上"(川上幸義)P185
"日本蒸気機関車史"(金田茂裕)P135
 

Re2: ジャイロ

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 7日(火)09時58分21秒 sechttp622.sec.nifty.com
  自転車の原理は私程度でも大体わかりますが、
ジャイロとか地球ゴマとかになるとこれはもう、
物理か何かの知識が必要で私には手に負えない部分です。

車輪回しというのは多分自転車のリムを棒で突いて回す遊びと思います。
絵本で知っていて、実際やっているのは1回くらいは見た事があります。
つまり、知識程度には知っているという事です。
リムは手に入りにくいので、桶のタガでやった人もいるかも知れません。
 

Re: ジャイロ

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 7日(火)09時13分3秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
編集済
  考えてみれば、現代の自転車やオートバイもジャイロカーと言えなくはありません。こまが水平ではなく垂直に回っているだけの事ですから。
自転車がどのようないきさつで生まれたかはわかりませんが、子供達が大昔遊んでいた車輪回しあたりがその原点かもしれません。

いえいえあれは壊れた自転車の車輪を使ってゴムタイヤ部分をはずし滑車のようになったリムの溝を棒で押して回していたのですから、やはり違うようです。
しかしジャイロカーの原点を考えると左右一輪で構成する、抵抗面でも摩擦面でも最も有利な方法で、もう少し実用化を追求しても良かったのではないかと考えてしまいました。

大体「車輪回し」などという言葉、皆様はまったくご存じないかもしれませんが。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

ジャイロ

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 6日(月)23時40分1秒 sechttp645.sec.nifty.com
編集済
  http://www.dself.dsl.pipex.com/MUSEUM/TRANSPORT/gyrocars/gyrocar.htm
http://www.dself.dsl.pipex.com/MUSEUM/TRANSPORT/gyrocars/schilovs.htm#sh1
まぁ、ジャイロカー一般では↑が面白いですね。
http://www.cobb.com/gyro/tuscan.html
番外ですが↑山道登ったら面白そうなバイク

ジャイロモノレールの難点は
1、エンジンが故障した時ジャイロが止まると転倒する。(ブレナンのジャイロは真空中で回転させて空気抵抗を減らし、エンジンが止まっても30分だか3時間だか転倒しない、とか言ってたと記憶してます。つまり修理で、もたついてる内に転倒?)
2、付随車(客貨車)もジャイロを回さなければならない。
あたりかと思います。
 

Re:The Brennan Gyro-Monorail

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 6日(月)23時17分46秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  やはりあったのですね。各種の資料ありがとうございました。
中でもThe Brennan Gyro-Monorailはびっくりしました。他の物に比べ実用段階です。
http://www.dself.dsl.pipex.com/MUSEUM/LOCOLOCO/brennan/brennan.htm
↑ここに出てくる荷台に多数の乗客が乗っているものを見て少し不安になりました。
人間が一人くらい乗れる他の試作ではそのような事もあろうかと思いましたが。

確か大型の客船にも安定の為に大きなジャイロを積んでいた事をどこかで読んだ気がします。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

ジャイロ式モノレール

 投稿者:RAILTRUCK  投稿日:2006年11月 6日(月)23時00分33秒 ZK187061.ppp.dion.ne.jp
  おなじみのLOCOLOCOのページですが、ブレナンモノレールです。同じ写真ですね。
http://www.dself.dsl.pipex.com/MUSEUM/LOCOLOCO/brennan/brennan.htm
ほかにもジャイロ式モノレールについての解説です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Gyro_Monorail
http://www.monorails.org/tMspages/Gyro-Dynamics.html
http://faculty.washington.edu/~jbs/itrans/gyro1.htm
 

地球ゴマモノレール

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 6日(月)21時59分8秒 sechttp622.sec.nifty.com
  同じ投稿の中に「La Locomotiva Brennan」の言葉があるので、投稿者は多分ブレナンモノレールを念頭に置いて「地球ゴマ」式モノレールの原理を説明してるのだと思います。

http://creative.gettyimages.com/source/search/DetailPopup.aspx?masterID=ha5500-001&bc=HG&rfsum=False
(他の方に教わったページですが)上はBrennan Mono Railの模型です。

http://www.eminent.demon.co.uk/brenn.htm
↑人が10人くらい乗れるモノレールを試運転してます。野戦鉄道等に売り込んだのですが、採用されませんでした。

人間乗車可能のジャイロモノレールは他にドイツのScherl氏が試作してます↓。
http://www.flickr.com/photos/kotaroooo/290496002/
私も子供の時一度地球ゴマをオネダリして買って貰ったのですが、結局コマの綱渡りとか出来なくて自身の運動神経の悪さを確認して落ち込みました。
 

Re: Agudioケーブル

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 6日(月)21時15分6秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
編集済
  http://forum.unmondodi.it/daltramontoallalba/viewtopic.php?t=2037&postdays=0&postorder=asc&start=345
↑の中ほどに面白そうな記事がありました。もちろん文字は読めませんが、モノレールの断面図です。
2個のこまのような物でバランスを保っていたのでしょうか?昔地球ゴマなる物がはやった事を思い出します。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

Re: 青山車庫、教習線、未確認

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 6日(月)21時06分54秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
編集済
  イヤー懐かしい写真です。1948年と言えば私が東京に帰ってきた前年度です。当時と現在では周辺の道路事情もだいぶ変わりました。

私の家も写っていました。と言うのは嘘で、ちょうど写真の右下、文字ラベルが貼ってある一番下あたりです。
青山学院のすぐ脇にある道路やこの周辺の状態はとても懐かしくたどってしまいました。どこで何の遊びをしたかも思い出す事ができました。

米軍はこのように細かい資料を抑えていたのですから戦争に勝てるわけはありません。(古い!)

肝心の都電の練習用エンドレスですが、私にも判別できませんがちょうど青山学院の左側に246を隔てて車庫らしき物が見え円形に近いエンドレスらしき物が確認できます。当時の記憶としては、車庫施設のある場所は246からかなり中に入った所にあったように記憶していましたが?

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

Agudioケーブル

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 6日(月)20時13分43秒 sechttp619.sec.nifty.com
  http://forum.unmondodi.it/daltramontoallalba/viewtopic.php?t=2037&postdays=0&postorder=asc&start=345
↑はイタリア語掲示板で私には完全に"お経"なんですが。
http://www.mondotram.it/filobustiere/superga-torino%2004.06.05/superga%201icona.jpg
↑のケーブルカーなんですが、
Agudio式、と称するものです。

http://www.flickr.com/photos/kotaroooo/290441560/
↑の写真もあるのですが、仕組みはさっぱり解りません。
なぜこんな大きなリールがあるのか? そもそもこの車体はケーブルに引っ張られて登るのか、自力でケーブルを手繰って登るのか解らないです。

ところで、最初に挙げた、イタリア語の掲示板面白い写真も含まれてます。
全体が38ページで無駄話が多く見える(読めないがそう見える)のですが、1ページに平均して1枚は面白い線路か車両の写真があります。
 

青山車庫、教習線、未確認

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 6日(月)19時04分5秒 sechttp622.sec.nifty.com
編集済
  http://mapbrowse.gsi.go.jp/cgi-bin/airphoto/photo.cgi?index=533935&group=USA10kKT&course=M818&num=98&size=normal
900kb以上ある写真です
↑は終戦直後による米軍の空中撮影で左下は山手線渋谷駅です。
そこから30°の角度で右上する、白い線が国道246号青山通り、
黒っぽい青山学院と246号をはさんで、後の国連大学があり、それより左、渋谷駅寄りに正円形に近い小判形が、
あるような気がしますが、確認と取れません。
写真全体で言うと、左右の中心で、上下の下寄りです
 

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 6日(月)16時38分46秒 sechttp630.sec.nifty.com
編集済
  昔は、傘、万年筆、時計、無くしたら大騒ぎだったです。
万年筆を無くした時は2週間食欲も無くしてしまって、
学校で級友の万年筆を見ると、
オレのを盗んだんじゃないかと、遠くから必死で見てました。
今では傘はビニールの500円、愛用の筆記具は4色ボールペン300円、腕時計は無くて携帯電話の時計を使ってます。
 

reRe2:戦前の玉電ビルの工事報告

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 6日(月)11時39分10秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
編集済
  練習用の小判型の線路があったかどうかは確認していませんでしたが、現在の青山6丁目の一つ渋谷寄りに青山車庫がありました。
そこへは母と本当によく通いました。電車を見に行ったわけではなく、当時都電通学をしていて、電車の中にしょっちゅう傘を忘れていました。それを引き取りに行ったわけです。

青山車庫は当時結構広い敷地だったように記憶しています。今思い返してみれば小判型の練習施設があってもおかしくありません。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

reRe:戦前の玉電ビルの工事報告

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 5日(日)22時14分15秒 sechttp627.sec.nifty.com
編集済
  玉電は市電にゲージを適合させて1372mmに片想い改軌したのですが、結局大した成果はなかったですね。
一方、京王も1372mmにしたのに市電に無視されましたが、戦後大私鉄として成長したので、市電の関係役所である、東京都交通局の地下鉄(名前忘れた、新宿〜千葉県本八幡ライン)を逆に1372mmに適合させました。意趣返し、って言うんですか。
戦争中京王の事業用貨電が下高井戸から玉電経由で大橋車庫に乗り入れたことがある、という話も聞いてます(裏づけ取ってません)。どちらも1372mmゲージで、戦争中はどちらも東急電鉄だし、
京王線の車両の大きさ、規模も玉電と大して変わらなかったからだと思います。

1950年代の乗り物絵本には定番で渋谷駅の絵がありましたね。
高架線2層で、地下鉄がビルの4階あたりから首を出す、見よこれが究極の都会だ、の調子で。

青山と言えば現在の「国連大学」が市電の車庫で中に市電の運転練習場があり、小判型の線路があった、と聞いてます。
 

Re:戦前の玉電ビルの工事報告

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 5日(日)20時21分55秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  個人的に、大変興味のわく資料です。
私は疎開先から東京に戻り青山高樹町に住み着きました。私が5歳ころからです。当時は渋谷駅周辺も現在とそう変わらない状態になっていました。

当時絵本でその東横ビルを描いてある物を持っていました。とても事細かくその周辺が描かれており、しかも私が知らない一昔前の状況のようでした。それを思い出しながら、今回の資料を拝見するととても親しみを感じました。

玉電はその後何回と無く変遷を経て終にこの地から消え去ってしまいました。現在は三軒茶屋迄しか来ていません。

あの路線はかなり長い事国道246上を首都高速の下を潜るように走っていました。その後はバス路線となってしまいましたが、東横デパートの中にあった終端駅の様子の変貌が、今でも思い出されます。

私はその後、下高井戸にも住まいがありましたのでよくこの玉電を利用しました。

個人的思い出話ですみません。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

玉電ビル

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 5日(日)16時43分19秒 sechttp640.sec.nifty.com
編集済
  下記↓は土木工事画報ですが、この中の、
http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/14_06.html

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/14-06/14-06-2642.pdf
↑に戦前の玉電ビルの工事報告がありました。
2ページ目で、玉電らしきが2両、ガラクタみたいな場所に駐車してるのが面白いです。
奥に仮設された玉電の二子方面乗り場と線路が繋がってないので、玉電の恵比寿方面行きの電車かも知れません。
(知識が無いので東京市電、という可能性もありますが)
左端の地下鉄(現在の銀座線は未完成、右端の帝都線(小田急電鉄系)は完成してるようです。

撮影は工事中の玉電ビルの上から、のようです。
この玉電ビルは玉電が東急に吸収された後、東横デパート(現東急デパート)西館になりました。今のハチ公広場の前です。

玉電は目先の砂利運びなんかより、五島家のように宅地開発に精出してれば、もっと発展したんじゃないか?
と言うのはずっと後に生まれた私の無責任放言です。

3ページで「西広場架道橋」上を走る「高速電車」の図が米国型オープンエンドに見えるのは、
作図者が欧米の都市内高架鉄道のイメージを無意識に描いたのかも知れません。
 

フランコクロスティ式

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 4日(土)23時47分8秒 sechttp607.sec.nifty.com
編集済
  http://ph.groups.yahoo.com/group/steam_tech/photos/view/5435?b=60
英国の2-10-0機関車に戦後採用されたフランコCrosti式予熱器の写真がありました。
予熱器本体はボイラーの真下に1個取り付けられていて、
写真に写っている部分は上から平べったい煙突、排気蒸気吐出ノズル4本、その下は給水パイプかと。
走行中の煙はこのようにボイラーの横っちょから出ます。
反対側にはこの装置は無いです。

参考
http://www.dself.dsl.pipex.com/MUSEUM/LOCOLOCO/francocrosti/francocrosti.htm
の中の
http://www.dself.dsl.pipex.com/MUSEUM/LOCOLOCO/francocrosti/fcbrit1s.jpg
↑です。
日本国鉄での採用は無かったです。
 

東アジアの多気筒機2(多クロスヘッド)

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 4日(土)14時18分36秒 sechttp606.sec.nifty.com
編集済
  10月23日(月)に
「朝鮮、4気筒複式、があったような気もするんですが」
と書きました。
なお「多気筒機」と書きましたが、範囲を絞って「多気筒、多クロスヘッド」とします。
これによって所謂ボークレン複式やタンデム複式(4気筒複式、2クロスヘッド)を除外します。

さて今日該当機を見つけました。
京釜鉄道、4気筒バランス複式、4-6-0、Baldwin製。

形式図で第2先輪と第1動輪の間が不自然に間延びしてます。
説明は書かれてませんが、内側気筒の動力を第1動輪に結んでいるため
間延びさせざるを得ないんじゃないかと思います。

出典は例のデジタルアーカイブ、
機関車工学 / 森彦三、
上巻、P117、形式図と簡単なデータが載ってます。
Baldwin製4気筒バランス複式の仕組みは
http://www.flickr.com/photos/kotaroooo/44461380/
上図のようなものです(別の機関車のスキャナ図ですが)

結局東アジアのほとんどに多気筒(非関節)機があった事になります。
この内、日本製造分は
日本、4-6-2、グレスレー3気筒、Alco系
満州、2-8-2、グレスレー3気筒、Alco機コピー
の2形式になります。
 

re川越の火力発電所

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 4日(土)11時36分9秒 actkyo043222.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
編集済
  ありがとうございます。概ね歴史資料と一致した貴重なお話です。
川越の電鉄起点に発電所を置いた場合、大宮終点あたりでは電圧降下の可能性が心配ですが、やはり起点側にあったという事になりますね。

ネットで得たんですが、2004年頃、東電川越支店のロビーで"川越のチンチン電車"とかいう展示会があったそうです。
これが常識的な郷土史&鉄道史程度だったのか、川越電灯の発電所などの自家所蔵資料の公開を含んだものであつたのか、興味がありますが、終わっちゃった催し物なので。

発電機の能力が280kWhとすると、100w電球2800個分ですから昔はささやかなものでした。

昔は家庭用積算電力計なんかないので、家毎に電球1つとか2つとか言う契約だった、とこれは私の静岡出身の父から聞いた話です。
「それじゃあ電球1個で契約しておいて、配線変えて2個につけちゃえばいいじゃないか」とか言ったのですが、昔は電線やスイッチを売る電気屋さんも無かったんでしょうね。

模型家として著名な故山北藤一郎氏は子供時代家の近くの神田の変電所に行って住所と名前を告げ「ウチに来ている電気は直流でしょうか?交流でしょうか?」と聞いたそうです。直流だったそうな。
 

武蔵水電→西武

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 4日(土)11時18分50秒 actkyo043222.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
  ついでなので書いちゃうと、
武蔵水電はより大きな帝国電灯に吸収され、その鉄道部分は西武鉄道の社名で独立させられた。
これを現西武鉄道と区別するために旧西武鉄道(堤家でない西武)と言います。
路線は3つで
1大宮線(元川越電鉄)
2新宿線(堀の内軌道→西武軌道、新宿〜荻窪、戦後都電杉並線。)
(つまり「西武」の名前は都下杉並堀の内にあった軌道会社の社名に由来してます)
3川越線(現西武国分寺線、現西武鉄道の内最も歴史が古い)
その後2つを加えます。
41927年、砂利取りが主だった多摩鉄道(現西武是政線)の買収
51927年、当時の路線名称不明だが現西武新宿線(川越〜高田馬場)の開通

以上ですが、戦後武蔵野鉄道(現西武池袋線)を所有する堤家が、より小さな旧西武鉄道を吸収します。常識的には旧西武鉄道は新たに武蔵野鉄道を名乗るはずなのですが、
堤氏は「武蔵野」の名前を捨てて「西武」を名乗ります。理由は不明です。

父母同士の会話でたまに「武蔵野鉄道」の名前が出ることがありましたが、
鉄道に多少詳しいと思ってた私も、当時は「変な鉄道だなぁ」と思った程度でした。
 

川越の火力発電所

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 4日(土)11時02分52秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
編集済
  川越の火力発電所に関する不確か情報です。
93歳になる私の父が昔言っていた事を思い出しました。
1. 火力発電所は最初は発電のみを行っており周辺の地域に家庭用の電力を供給していた。私の家にも供給されていたようです。
2. その後余った電力 利用方法の一環として鉄道事業に乗り出し電車を運行させた。従って川越側の出発地点は火力発電所のある場所。
3. 火力発電所で排出された石炭の燃え殻、コークスは川越城の周りの水の無い堀の一部を埋めるのに使われた。

と言う物です。家内伝の話なのでどこまで本当なのかはわかりませんが。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

川越の東京連絡

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 4日(土)00時29分16秒 sechttp626.sec.nifty.com
  川越電灯の成立が1903年で1905年迄には川越〜大宮電鉄を開通させていた、という事は
川越電灯の火力発電所が最初から、燃料の石炭を所有鉄道で運ぶことを計算に入れていたような気もします。
発電所開設直後の石炭仕入れだけは川越鉄道(川越〜国分寺)や水運に頼っていたかも知れませんが。
 

川越の東京連絡

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 3日(金)23時46分16秒 sechttp618.sec.nifty.com
  久保町に隣接して東電の施設がある、と言う話は始めて知り興味深いです。
以下"鉄道ピクトリアル、特集西武鉄道臨時増刊"1992年5月、青木栄一氏著述ですが、
川越電気鉄道(川越〜大宮)の沿革は

1903年、川越電灯会社が設立(埼玉県最初の電灯事業)されこの会社は川越〜大宮間馬車鉄道出願中の会社と合併して川越電気鉄道誕生
1905年、川越〜大宮を1372mmゲージで電鉄開通
1914年、川越電灯は小規模(280kWh火力発電所)で生き残れないので神流川水力電気と合併し、武蔵水電会社になる。
この武蔵水電が、西武軌道なる少し怪しい会社を買収して初めて西武鉄道を名乗った(ただしこの時点で西武鉄道と堤家は一切無関係)。
武蔵水電は川越〜東京間鉄道を模索して怪しい会社の免許に手を出したと思われます。
1940年、国鉄川越線開通で、西武川越(川越〜大宮)線廃止。

昔の電気会社は小エリアを受け持つ零細なもので、需要も電灯以外ほとんど無いので、電鉄会社を作ったりして経営努力してました。
その東電の施設というのは昔の川越電灯の火力発電所の敷地みたいですね。
F'Trackさんの投稿で予期しない知識を得ることが出来ました。
 

Re: 関東の水運

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 3日(金)22時15分5秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  私は現実はまったくわかりませんが、たぶん曳き舟説を支持します。
あまり大きな川幅ではないようだし、現在の地形を見ると自然の川でありながら運河のようにも見えてきます。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

Re2: 川越の東京連絡

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 3日(金)22時11分40秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link158a.html に残されていた写真と、祖父の昔話を総合するといろいろ興味深い事がわかりました。大宮に向かうルートも大よそ推測が付きました。
そして今私が住んでいる所もそれらの写真の近所です。今は東電の施設になっていますが、当時は火力発電所があったそうで、写真の端の方に写っていたコンクリー製の建物は今でも残っています。(たぶん? もしかしたら似た物が立て替えられたのかもしれません)

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

関東の水運

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 3日(金)21時14分44秒 actkyo029148.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
  1つわからないのは、川の船というものは、流れを遡る時も竿や艪程度で行けるのか?ですね。
局所的な急流地帯は土手から人や畜力で曳船することもあつたのでしょうが、
例えば東京から川越まで、大部分を曳船なしで遡ることが出来たのか?
こんな簡単そうな事でも今の時代ではネットか何かで調べなければわかりません。

川面を見ると曳船なしで行けそうな(遡上は貨物は少なくて旅客が多いので軽いはずだが)気はするのですが、一方東京には利根川方面と連絡する曳船(ひきふね)という地名もあり、これは明らかに曳船の証拠です。結局護岸が曳船用に良く整備されていれば、曳船、護岸が自然状態だと苦しいが棹で行くのかも知れません。

なお、利根川のように大きな川では帆かけ船も使われたはずです。
 

川越の東京連絡

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 3日(金)18時45分4秒 actkyo015189.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
編集済
  おっ。早いですねぇ。
この水辺のレイアウト、素晴らしいです。
積荷として待機している俵が四角い、と言う事は米俵でなく炭俵でしょうか。
それとも狭山茶の茶箱?
私の持つ本で、"私の蒸気機関車史、上"P75には1959年1月、東上線志木駅の写真があるのですが、
鴨居の高さまで炭俵を貨物ホーム上に山の如く貯蔵してます。写真UP出来ないのが残念です。

博物館の白黒写真4枚の内2枚は川越電気鉄道→西武鉄道と思いますが、西武鉄道の社名の歴史はとてもややこしく一々本を参照しないと把握出来ません。

久保町車庫の残影の写真は下記"むーさんの鉄道風景"↓の中の
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link1.html
下記↓の中のページの最下段の
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link158.html
下記↓の中に
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link158a.html
優れた写真が残されてます。

あと、ご提示の白黒写真4枚の内、左上「西武鉄道川越駅」の蒸気機関車は
ナスミスウィルソン製、1B1に似てますね。仮にそうだとしたら、戦後は西武是政線で使われました。
番号が写真で判別出来ませんが、川越鉄道の頃はNo3、No4。
西武是政線時代はNo5、No6。(No6のみ後に八高線丹荘の上武鉄道へ売却)

http://www2.aaacafe.ne.jp/free/kwg18406103/main.bbs?i1=0&i3=484&i4=2
川越の全然違うトロッコの話として上記↑の
「06/02/14 Tue」 に書き込みがありました。
ただし、このHPトップページへのリンクが切れてるので命が短いかも知れません。
 

Re: 関東の水運

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 3日(金)17時28分9秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
編集済
  水運と鉄道が当時しのぎを削った事は十分に想像できます。少なくても川越の近郊は運河ではなく自然の水路がありましたので、その恩恵が返って仇になって鉄道輸送が遅れたのだと思います。

しかし水運は優雅で良いですね。ご紹介くださった水郷の生活記録の写真良かったです。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

Re: 川越の東京連絡

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 3日(金)17時19分1秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  先ほど歴史博物館へ行った中でちょうど川越付近の鉄道史も見る事ができました。西武線や東上線の歴史です。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

re3 これも線路?

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 3日(金)17時06分50秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  早々に川越歴史博物館に行って学芸員に川越の船舶輸送と、陸路の輸送について尋ねてみました。

結果は「川越の東京連絡」の項目で鈴木様がご指摘のごとく、>ほとんどは水運(幹線)→道路用荷車もしくは馬の背中に乗せて運ぶ(支線)→店内軌道(毛細管)
だと言う事でした。そしてこのような店内軌道は川越に限った事も無く周辺地域で広く普及していたようです。トロッコ軌道 ポイントの存在がほとんど絶望的になったのは残念です。

添付の写真はその博物館の中で撮影した水運の模型で、撮影に際してはちゃんと許可を取りました。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

関東の水運

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 3日(金)16時25分42秒 sechttp643.sec.nifty.com
  本当は鉄道開設直前の関東の馬車や水運の一覧があれば面白いんですがね。
ネットでは北総の水運についての説明だけ見つけてます。

水郷汽船史
http://homepage3.nifty.com/hal7/mukashikisenindex.htm

水郷の貨物輸送史(文章のみ)
http://members.jcom.home.ne.jp/prime-inte/00tonekawa-syuun-index.htm

東京〜水郷交通地図
http://www.tt-museum.jp/golden_0030_tone1920.html

交通ではなく、生活史なので番外だが、水郷
http://www.chiba-muse.or.jp/OTONE/genhukei/genhukei-mokuji-2.htm
 

川越の東京連絡

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 3日(金)11時10分18秒 sechttp601.sec.nifty.com
  以前NHKで埼玉県春日部あたりかどこかの、とある店の軌道を紹介してました。その店は裏に水運の便があり、「昔は船→軌道の直接荷運びもやっていた」と言ってました。
しかしここまで便利なものは特殊で、ほとんどは水運(幹線)→道路用荷車もしくは馬の背中に乗せて運ぶ(支線)→店内軌道(毛細管)だと思います。

鉄道開設以前に川越〜東京間で、
馬の背中に積んで運ぶ事はあったでしょう。
荷車の使用は可能かも知れないが、凸凹道路の場合長距離運行は車輪が壊れちゃうので、不経済なはず。
新河岸川を使った水運は特に米の大量輸送に効率的。旅客輸送も毎日あったと記憶。
明治の一時期、道路や車両技術が良くなり馬車による旅客輸送があったかも知れません。水運より高速だったと思います。
この時期東京中心の定期駅馬車が横浜、甲府、高崎までありましたから。

川越〜東京の最初の鉄道は現在の西武国分寺線で、これは鉄道時代に時代が変化して大宮なんかに比べて、置いてきぼりになった川越の人達が鉄道建設をあせったものです。
東京直通鉄道建設の金が無かったので、甲武鉄道国分寺駅に接続させたものです。

より早い時期に政治的な手を打って中仙道鉄道を大宮経由でなく、当時の大都市である川越経由にするよう運動すれば良かったのかも知れませんが、
この時代運輸倉庫業者は水運利権を守るために逆に鉄道を排除してたんじゃないでしょうか。

なお、「東京連絡」と題名に書きましたが、「横浜港連絡」が本心の可能性もあります。
明治時代に金になる木として、横浜の生糸相場と連絡を密に取って生糸を瞬間蔵出し輸出する事があったので。この場合、船や馬では勝負になりません。
 

re2 これも線路?

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 3日(金)09時39分57秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  ご紹介のサイトを拝見しびっくりしました。私の見落としている場所がたくさんありました。

>毛細管のような末端は手押しトロッコを使うほか無かったようで。

と言う事は、このトロッコ、店先に着いた商品を奥の蔵へ運ぶための物ではなく、店先から先船着場まで通じていたのかもしれません。ご紹介のサイトにもありましたがいろいろな店でこのトロッコを利用していたようですから、もしかするとどこかにポイントも存在したのかもしれません。

私の住まいのそばには川越の歴史博物館があります。早速この事を調べてみたいと思います。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

reこれも線路?

 投稿者:鈴木光太郎  投稿日:2006年11月 3日(金)08時37分1秒 sechttp622.sec.nifty.com
  勿論貴重な線路の写真です。
川越市内のどこかの酒店でしょうか。
入り口扉をアルミサッシ製に変更し、にそれようの敷居も新設しているのに、
レールを残しているのは、立派です。
http://www2.tba.t-com.ne.jp/gp7500/machikado_kidou_kawagoe.htm
敷居との交差部分は写ってませんが、上にも紹介されてますね。

この方面に詳しいわけではありませんが、
鉄道開発以前に水運のおかげで栄えた街、「小江戸」と言われる街に多いようです。
幹線は水運で物流を支えても、毛細管のような末端は手押しトロッコを使うほか無かったようで。

以前書いたかも知れませんが、日本鉄道開業以前、埼玉県で一番大きな町は
大宮でも浦和でもなく、水運が使える川越でした。
 

これも線路?

 投稿者:F'Track  投稿日:2006年11月 3日(金)01時55分40秒 X062225.ppp.dion.ne.jp
  この写真F'Trackの日記に掲載した物と同じです。(汗)
私の住んでいる街の古い酒屋さんの店先にありました。その線路はまっすぐに奥の酒蔵へと通じていました。そのトロッコの車輪や線路を見る限り最近あまり使われた様子はありませんが、もしかしたら店を閉める時だけ店内と外を往復していたのかも知れません。

お粗末な話題ですみませんでした。

http://www.k5.dion.ne.jp/~yaya8686/

 

以上は、新着順901番目から1000番目までの記事です。
これ以下の記事はありません。
1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
/10 


[PR]